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2008年2月18日

●【伝統芸能】能狂言の「型」は観客に不安を与えない

「型」に不安は感じないが、違和感を感じる

 狂言師・山本東次郎氏のお話を聞きました。
《NHK 2ch》「日本の伝統芸能 能・狂言入門(3)「狂言の修業・“釣狐”への道のり」」 2008/02/16 12:30-13:00

 能狂言の型について説明していました。
(1)型は観客に不安を与えない。
(2)型は個性を否定し、万人の中にある普遍的な表現を表す。

 能狂言を鑑賞する最大の関門(違和感とも言っていい)「型」に対する、最も明確な説明だと思います。
つづく

「型」表現が透明になる瞬間

 私自身も若い頃は、歌舞伎や能狂言の型表現に強い違和感を感じていました。
 写実とは遠い、「型」表現を敬遠して、歌舞伎や能狂言を敢えて見ようとは思いませんでした。

 観客として初めて国立劇場で歌舞伎を見たとき、驚きました。
 当初、身構えて物語を鑑賞していました。が、時間が経つに従い、次第に「型」が透明になり、見えなくなります。
 物語の本質が目の前に迫ってきて、不可解な女形の存在とか、演技の本質から外れているかに見える「型」表現が消え去ってしまいます。・・驚きの瞬間でした。

 洗練された「型」であれば、「型」自らの存在を容易に消し去ることが出来ます。
 型とは、不安やスリルとは無縁のありように見えながら、実は目的に向かって自動的に誘導する巧妙な滑り台のようなものだと思います。

《参考》「松岡正剛の千夜千冊/山本東次郎『狂言のことだま』
おわり

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